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東京地方裁判所 昭和63年(ワ)11806号 判決 1991年1月24日

原告

株式会社北国銀行

右代表者代表取締役

濱上昭三

右訴訟代理人弁護士

岡田進

小山三代治

被告

右代表者法務大臣

左藤恵

右指定代理人

田中治

白井成彦

被告

亡光谷多可志訴訟承継人

光谷玉子

外三名

右四名訴訟代理人弁護士

野村侃靱

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求

一被告国は原告に対し、七一八万五一二四円及びこれに対する昭和六三年九月九日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二原告に対し、被告光谷玉子は三五九万二五六二円、被告光谷喜美子、同光谷智香、同光谷幸世は各一一九万七五二〇円及び各金員に対する昭和六三年九月一〇日から各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事実の概要

一争いのない事実

1  原告は、訴外吉島モト子(以下「訴外モト子」という。)、同吉島哲子(以下「訴外哲子」という。)に対する別紙債権目録記載の債務名義に基づき、訴外モト子所有の別紙物件目録記載一の土地(以下「本件土地」という。)、訴外哲子所有の同目録記載二の建物(以下「本件建物」という。)につき、昭和六二年三月二七日、東京地方裁判所に強制競売の申立をし(同裁判所昭和六二年(ヌ)第一一八号事件)、同日、競売開始決定がなされた。

承継前被告の亡光谷多可志(以下「亡光谷」という。)は同年七月六日、訴外モト子、訴外哲子に対する債務名義で右事件に配当要求をした。

2  右事件は、同年八月二一日、東京地方裁判所昭和六一年(ケ)第二三〇五号不動産競売事件と併合され、同事件の執行裁判所(以下「本件執行裁判所」という。)の競売手続(以下「本件競売手続」という。)において、訴外モトコ、訴外哲子の本件土地建物は一括売却され、かつ同時配当がなされた。

3  本件執行裁判所は、昭和六三年三月二日、本件競売手続の配当期日(以下「本件配当期日」という。)において、亡光谷に対し三六五八万二一四六円、原告に対し四〇七万九五二一円を配当することなどを記載した配当表を作成したが、利害関係人の誰からも異議の申し出がなかったため、配当を実施し、亡光谷は、右同日、本件執行裁判所から亡光谷への配当金額全額を受領した。

原告は、同年一月二八日に本件執行裁判所から本件配当期日の呼び出しを受けたが、本件配当期日に出頭しなかった。

4  亡光谷は、平成元年一一月二九日死亡し、その妻の被告光谷玉子、その子の被告光谷美喜子、同光谷智香、同光谷幸世が相続した。

二本件執行裁判所の違算

1  <証拠>並びに弁論の全趣旨によると、原告及び亡光谷の訴外モト子、訴外哲子に対する債権は互いに優劣のない一般債権であるところ、本件土地建物の売却代金八八〇〇万円から原告や亡光谷の債権に優先する債権(共益費用、担保権及び租税債権)に対する配当額を控除すると、訴外モト子所有の本件土地からの配当原資残額は一九六六万六〇九四円、訴外哲子所有の本件建物からの配当原資残額は二〇九九万五五七三円、合計四〇六六万一六六七円であったこと、原告の訴外モト子、訴外哲子に対する請求債権額は、本件配当期日時点において合計八八三七万六四三七円であるが、そのうち六三二二万一三六九円は訴外モト子、訴外哲子の連帯債務であるから本件土地建物双方の売却代金から配当を受けられるものの、残金二五一五万五〇六八円は訴外モト子に対する債権であり、訴外モト子所有の本件土地の売却代金からのみ配当を受けられること、亡光谷の訴外モト子、訴外哲子に対する請求債権額は本件配当期日時点において二億二七五三万一〇八四円であるが、これは訴外モト子、訴外哲子の連帯債務であり、本件土地建物双方の売却代金から配当を受けられること、以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない(以上の事実は原告と被告との間で争いがない。)。

2  右事実を前提に原告と亡光谷の配当額を計算するには、まず原告と亡光谷の債権額を本件土地と本件建物ごとに確定(いわゆる割付)しなければならないが、この作業を行う方法としては、亡光谷は本件土地と本件建物の双方に二億二七五三万一〇八四円の全額を行使債権額として計算し、原告は、本件土地には八八三七万六四三七円を行使債権額、本件建物には六三二二万一三六九円を行使債権額として計算する見解(仮に「甲説」という。)、連帯債務も共同抵当と同様に考え、原告の六三二二万一三六九円と亡光谷の二億二七五三万一〇八四円を本件土地と本件建物の代金額で案分し、案分の結果算出された債権額が各物件に対して行使できる債権額となることを前提に計算する見解(仮に「乙説」という。)、乙説と同じように共同抵当と単独の担保が混在する場合と同じように考え、同一物件について行使できる債権額で案分することにより各債権者ごとに各債権者にとっての物件の価格を算出し、これを行使できる債権額で案分する見解(仮に「丙説」という。)などがありうるところ、甲説によって計算すると、原告は、本件土地の分からは五五〇万一六七一円、本件建物の分から四五六万五二八九円の合計一〇〇六万六九六〇円の配当を受けられ、亡光谷は、本件土地の分から一四一六万四四二三円、本件建物の分から一六四三万〇二八四円の合計三〇五九万四七〇七円の配当を受けられる。また、乙説によって計算すると、原告は、本件土地の分から六六一万一四五九円、本件建物の分から四五六万五二八九円の合計一一一七万六七四八円の配当を受けられ、亡光谷は、本件土地の分から一三〇五万四六三五円、本件建物の分から一六四三万〇二八四円の合計二九四八万四九一九円の配当を受けられる。丙説によって計算すると、原告は、本件土地の分から六六九万七三五六円、本件建物の分から四五六万五二八九円の合計一一二六万四六四五円の配当を受けられ、亡光谷は、本件土地の分から一二九六万六七三八円、本件建物の分から一六四三万〇二八四円の合計二九三九万七〇二二円を受けられることになる(以上の計算方法及び計算結果については原告と被告国との間で争いがない。)。

3  したがって、本件配当期日に原告と亡光谷になされた配当額は、いずれの見解によっても原告にとっては過少に、亡光谷にとっては過分になっており、妥当性を見いだし難く、算出過程のいずれかの段階で違算があったものといわざるをえない。その結果、原告は、本来ならば受けられたであろう配当額と現実に配当を受けた額との差額(甲説によると、五九八万七四三九円、乙説によると七〇九万七二二七円、丙説によると七一八万五一二四円)だけ少なく配当を受け、その反面、亡光谷は原告が少なく配当を受けた分だけ多くの配当を受け取ったことになる(原告になされた配当額と亡光谷になされた配当額の合計金額は両名に配当すべき配当原資残額に一致する。)。

三原告の主張

1(被告国に対する請求)

本件執行裁判所の担当裁判官は、本件競売手続において配当表を作成するにあたり、原告に過少に、亡光谷に過分に配当するという誤った配当表を作成し、そのまま配当を実施したことにより、原告に本来受けられるべき配当額との差額七一八万五一二四円(丙説によって計算)の損害を与えたのであるから、被告国は、国家賠償法一条に基づき、右損害を原告に賠償する義務がある。

2(亡光谷の相続人に対する請求)

(1)  亡光谷は、配当表の誤りを知った本件執行裁判所から書面で過分に配当された金額の返還を求められたのであるから、当然これを返還すべき義務があるのにこれを返還せず、原告に損害を与えたものであるから、民法七〇九条に基づき被告国と同額の損害賠償をすべき義務がある。

(2)  仮にそうでないとしても、亡光谷は過分に配当を受けた分については法律上の原因なくして不当に利益したものであるから、これによって損失を受けた原告に右利得分を返還すべき義務がある。

(3)  被告光谷玉子、同光谷美喜子、同光谷智香、同光谷幸世は、亡光谷の死亡により、法定相続分に従って、亡光谷の債務を承継した。

3 よって、原告は被告らに対し、七一八万五一二四円(但し亡光谷の相続人に対しては法定相続分に応じて)とこれに対する訴状送達の日(被告国については昭和六三年九月八日、亡光谷の相続人については同月九日)の翌日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

四争点

本件は、事実関係については概ね争いがなく、したがって、執行裁判所の違算により競売手続における配当額が本来あるべき数値と異なった場合に、本来なされるべき配当額よりも過少に配当を受けた者はあるべき配当額との差額を被告国に対して国家賠償という形で請求できるか、また、過分に配当を受けて任意に返還しない者に対して損害賠償請求、または不当利得返還請求ができるかが争点である。

第三判断

一被告国に対する請求について

1  前述のように、原告は、本件競売手続における配当期日において、本来配当されるべき配当額が得られなかったが、その原因は本件執行裁判所の配当計算をするうえでの違算によるものであるから、本件執行裁判所の執行処分に誤りがあったことは明らかである。

2  しかしながら、民事執行手続において、執行裁判所の執行処分の誤りに対してこれを是正するための手続が設けられている場合には、執行処分により自己の権利を害される者は、まず民事執行法上の手続によりこれを是正すべきであり、これを怠ったために損害が発生したとしても、執行裁判所みずからその処分を是正すべき場合等特別の事情がある場合でない限り、その賠償を国に対して請求することはできないものと解される(最高裁判所昭和五七年二月二三日第三小法廷判決・民集三六巻二号一五四頁参照)。

しかるところ、民事執行法は、配当表に記載された各債権者の債権又は配当の額について不服のある債権者及び債務者は、配当期日において、異議の申出をすることができる旨定めているが(同法八九条一項)、その異議の事由については制限がなく、執行裁判所による違算に対する不服も当然異議の事由となる一方、作成された配当表が誤っていたとしても、誤記等の明白な誤謬を更正する場合のほかは配当期日において利害関係人から異議の申出がない以上、執行裁判所は、任意に配当表の記載を変更できず、異議の申出のない部分については配当を実施しなければならないのである(同条二項)。したがって、執行裁判所によって作成された配当表の誤りは原則として配当期日における異議の申出によって始まる手続によって是正されるべきなのである。

そうだとすると、配当期日に出頭して異議の申出をすることができたにもかかわらずこれをしなかった者は、自己にとって不利益な配当表を作成され、配当を実施されたとしててもその損害を国に求めることはできないといわざるをえない。

3 これを本件についてみると、前述のとおり、原告は、本件執行裁判所から昭和六三年一月二八日に本件配当期日の呼び出しを受けたが、本件配当期日に出頭しなかったのであり、その結果当然のことながら配当表に対する異議の申出もしなかったのである。そうして、本件においては前述のとおり、割付についてどのような見解に立つかによって計算方法が異なり、本件執行裁判所に配当計算をする過程のいずれかで違算があったとはいえても、どの金額をどのように誤ったのかは一義的に明らかとはいえないのであり、また、本件配当期日においては、異議の申出はもちろんのこと、利害関係人から配当表の記載に対して疑問等の指摘がなされた形跡も窺えないから、執行裁判所が再度計算をしなおすべき特段の事情があったともいえず(このような特段の事情があったとの主張立証はない。)、執行裁判所が自ら是正すべき場合にも当たらないというべきである。

そうである以上、本件競売手続において原告が本来なら受けられたであろう配当額を受けられなかったとしても、これによる賠償を被告国に求めることはできないというべきである。原告が配当期日に出頭しなかった理由がたとえ執行裁判所においては計算間違いをするはずがないと信頼したためであったとしてもこの理はなんら異なるものではない。

したがって、原告の被告国に対する請求はその余について判断するまでもなく理由がない。

二亡光谷の相続人に対する請求について

1  亡光谷の不法行為責任の有無

(1) 原告は、亡光谷は、配当表の誤りを知った本件執行裁判所から書面で過分に配当された金額の返還を求められたにもかかわらずこれを返還しなかったが、これは原告に対する不法行為になると主張する。

なるほど、<証拠>並びに弁論の全趣旨によれば、原告の指摘により配当表の誤りを知った本件執行裁判所の担当書記官が、昭和六三年三月三日、亡光谷に対し配当に計算間違いがあったので七二九万五七四九円(これは原告と亡光谷の債権額で配当残原資合計四〇六六万一六六七円を案分して算出した亡光谷の配当額と実際に亡光谷に交付した金額との差額)を返還するよう求める書面を発送したが、結局亡光谷は返還を求められた金額を裁判所に返還しなかったことが認められる。

(2) しかしながら、亡光谷は、本件配当期日において、配当された金額以上の金員を受け取ったわけではなく、配当表に記載されて配当された金額を受領したにすぎないのであり、しかもその配当金額も自己の届出債権額を超えるものではなく、債権額の約一六パーセントという数値にしかすぎないのである。また、執行裁判所が後日配当額を計算しなおしたとしてもこれによって配当表が適式に変更されたとみることもできない。そうしてみると、亡光谷が本件競売手続において、配当された金員の交付を受け、それが正しく計算された金額と比較すれば過分な額になったとしても、当該配当金額を受領したことを違法ということはできず、亡光谷が受け取った配当金のうち過分に配当された分を執行裁判所に返還しなかったことも違法ということはできないのであって、まして、執行裁判所に返還しなかったことが原告に対する不法行為を構成するものということは到底できない。

したがって、亡光谷の不法行為を前提とする原告の請求はその余について判断するまでもなく失当とせざるをえない。

2  亡光谷の不当利得返還義務の有無

(1) 本件競売手続において、その額は暫くおくとしても亡光谷が本来受けられるはずの配当額よりも過分な配当を受けてその配当金額を受領し、その分だけ原告が過少な配当しか受けられなかったことは前記のとおりである。

(2)  ところで、配当された金額が実体的な法律関係と合致しない場合、実体的な法律関係からみれば配当を受けられたはずの債権者は実体的な法律関係からみれば受けられなかったはずの配当額の配当を受けた他の債権者に対して過分に受けた分を不当利得として返還請求ができるかについては解釈上争いがあるが、不利益な扱いを受けながら配当異議の手続で争えたにもかかわらず争わなかった債権者は、過分に配当を受けた者に対して不当利得の返還請求もできないと解するのが相当である。その理由は以下のとおりである。

民事執行手続における配当表は必ずしも実体的な法律関係に基づいてのみ作成されるものではなく、債権者が過少の債権届出をすればそれなりの処遇しかされないのは当然であるし、また、債権者の合意が成立した場合には合意に従って配当表が作成されるのである(民事執行法八五条五項)。すなわち、債権者は、実体的な法律関係と異なる配当にみずから甘んずることは妨げられないのであり、他面、実体的な法律関係に応じた配当を受けようとするからには配当手続においてそれなりの行動をとるべきなのである。したがって、配当期日において、不利益な取り扱いを受けながら配当表記載の配当額に異議の申出をしない債権者は、執行裁判所の作成した配当表に消極的にしろ賛意を表明したと扱われてもやむをえないものといわざるをえず、このような場合には、たとえ実体的な法律関係と異なる配当がなされ、実体的な法律関係からみれば過分に配当を受けた債権者も、債権者の合意に基づいて配当表が作成されて配当が実施された場合に準じて、法律上の原因があって配当金額を受領したものというべく、不当利得とはならず、不利益な取り扱いを受けた債権者も不当利得としてこれの返還を請求しえないものと解すべきである。そうして、債権者が適式に配当期日の呼び出しを受けながら配当期日に出頭しなかった場合についても、配当期日に出頭しながら異議の申出をしなかった場合と同様に解すべきであるから、配当異議の手続で争えたにもかかわらず争わなかったものとして不当利得の返還請求はできないというべきである。

(3)  これを本件についてみると、原告は、前述のとおり、適式に本件配当期日の呼び出しを受けながら(配当期日の呼び出しに違法があったと認めるに足る資料はない。)、本件配当期日に出頭せず、したがって、本件執行裁判所の作成した配当表に対して異議の申出をしなかったのであるから、亡光谷に対し、実体的な法律関係からみれば過分に配当を受けた分についても不当利得として返還請求をなしえないものとせざるをえない。

したがって、不当利得を理由とする原告の亡光谷の相続人に対する請求も、その余について判断するまでもなく失当といわざるをえない。

三以上の次第であるから、原告の請求はいずれも理由がない。

(裁判官大橋弘)

別紙<省略>

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